僕が考えたこととライフハック

自分がやったこととか、経験したことを書いていく。プログラミング、サークル運営、学校生活etc..

幼児的万能感を克服できたのかもしれない。

こんにちは。

 

少しポエムっぽくなっちゃうけど、書きたいので書く。

 

幼児的万能感

最近、「幼児的万能感」という言葉を知った。

「幼児的万能感」とは、”自分は周りの人間とは違う特別な存在なんだ”という、自己像の肥大の事を言う。

自己愛性人格障害」とも関連があるとされ、”自分が無力であるということを自覚したくない”という気持ちなどから生まれるとのこと。

 

自分語りを少々

思う節があるので、見苦しいけど書く。

 

小・中学生時代

自分で言うのもあれだが、僕は物心ついた時から人に褒められることが多かった。

勉強には苦労しなかった(そもそも目標が低いっていうのもあるけど)し、運動もどちらかといえば得意だった。

そしていつからか、無意識に「自分は望めばなんでも手に入る特別な人間なんだ」と感じるようになっていった。

小学校、中学校は少しばかりの地頭と恵まれた環境(中3の時通った塾がめちゃくちゃよかった)によって、挫折を味わうことなく過ごすことができた。それが、僕の「幼児的万能感」に拍車をかけたと思う。

 

負の高校時代

高校(進学校)に入ると、周りは同じくらいの学力だった。でも僕とは違ってみんな努力家だった。

今まで努力せずとも成功してきた僕は、当然高校でも努力なんてしなかった。

悪くなっていく成績を見ようともせず、「勉強なんて意味ない!」という見苦しい自己肯定に邁進した3年間だったと思う。(勉強以外も同じ感じで逃げていた気がする)

今思うと、”自分の素の限界を自覚したくないという気持ち”と、”他者とは違うという気持ち”の表れだったのかなとも感じる。(幼児的万能感の傾向そのものだ。)

この頃の僕は”何もしない”という行動で自分自身を守っていた。

何もしていないからできないのはあたりまえ。あ、でも本気出したらなんでもできるし。

みたいな根拠のない自信だ。

この時何かに本気になって思いっきり失敗しておけば、自分自身の限界を自覚することができたんだろうなと感じる。(勉強も恋愛も部活も趣味も全部中途半端)

そんなひねくれた高校生活を送った僕も最低限の勉強をしていたし、進学校という環境と運で大学に進学することができた。しかし、受験期の肥大化した理想像とはかけ離れていたので「この大学を選んで受けたんだ。」ということにして自分の弱さを自覚しようとしなかった。

 

大学生になってから

「何者かになりたい。」という気持ちが強くなった。

ちやほやされたい。有名になって粋がりたい。みたいな感情が生まれた。(原因はこの頃始めたTwitterだと思う)

本来なら、コツコツ努力して何者かになろうと藻掻くのだろうが、

僕は「自分は特別な人間なんだ。」といつものように慢心し、努力は全くしなかった。理想像だけが肥大化していった。

しかし、環境が今までとは少し違った。

趣味を仕事にしている人や、高度な技術で他人を楽しませる人など、もうすでに「何者か」になっている人が沢山いた。

そんな人たちと自分を比べて劣等感を感じる日々。

肥大する理想像と縮小する現実の自分とのギャップで、やろうとしてもやれない状態に陥った。

成績も最悪だし、サークル活動も中途半端。ゲームとバイトに明け暮れる毎日だった。

 

本気で打ち込めるものに出会った

1年生の冬くらいにDTMにハマった。

大学入学と同時に始めてはいたのだけど、音楽理論がわからなすぎて挫折していた。

しかし、音楽というものはどうしても諦められなかった(なんでかは分からない)

勉強しては諦め、勉強しては諦めを繰り返していた。しかし、そうしていくうちに知識という点が突然つながり、曲が作れるようになった。(継続的なものではないが)努力が結果として初めて現れた体験だった。

 

そこからの1年間はいろんなことに挑戦した。(勉強はしなかったけどね。(笑))

初めて内的な動機付けで頑張ることができたし、たくさん失敗して、答えがない問題にもちゃんと向き合うこともできるようになっていった。

「幼児的万能感」が完全に消えることはなかったが、情熱を持てたことは心理的に良い影響を与えたと確信している。

 

自分が無力だと感じることができた

大学2年生の春休み、バイトもなくただただ一人でDTMしたり、DJしたりしていた。

遊ぶ友達もいないし、彼女も就活でいなかったし(1個上の学年なので)で本当に一人だった。

人間、孤独になると自らの過去と未来を考え出す。

「今までの成功体験は自分の力ではなくて、運と環境が良かっただけなのではないか。」

「一体自分は何になりたいのか。どうしたら叶うのか。」

 

答えがわからないままだったが、幼馴染と飲みに行ったときにハッキリと気付かされた。

「人ってみんな不完全で無力。すごい人はみんなそれを自覚している。だから努力できる。ありのままをさらけ出しても恥ずかしくないんだ。」

(いろんな話をしたんだけど、書き出すと長くなるので割愛)

 

この日から僕の「幼児的万能感」縮小していき、だんたんと、「自分は無力だ。」と自覚できるようになった。

 

克服できた要因

幼馴染との飲みが決定的だったと思うかもしれないが、克服の根底にあるのは「何かに情熱を注ぎ、失敗した経験をした」ということだと僕は思う。外に向いていた意識が、情熱と失敗体験によって内に向くことで自分の過去を振り返り、未来を考えられるようになった。

そんな感じだと思う。

 

他人の価値基準で物事を判断しなくなったし、他人と比べて劣等感を感じることは全くなくなった。

何が自分にとって大事なのか。やりたいこと、追究したいものはなんなのか。を考えられるようになった。

それだけで、この大学生活の数年は意味があった。

今現在、大学3年生。普通の人よりも遅いけれど「幼児的万能感」を克服することができた。

気付かせてくれた周りの人たちへの感謝と、同じように「幼児的万能感」で苦しんでいる人たちの参考になればなという思いでこのエントリーを書いた。

 

文章を修正しつつ、また気付いたことがあったら書き足そうとおもう。